元気がでる感性の哲学 芳村思風

芳村思風先生の感性論哲学の言葉の紹介しています

欲も我も捨てなくていい。 理性を使って、欲や我を人の役に立つものにすればいい。

芳村思風一語一会 vol.5531
☆☆☆☆☆☆
欲も我も捨てなくていい
理性を使って、欲や我を人の役に立つものにすればいい。
☆☆☆☆☆☆☆
我は、人間であることの証(あかし)。
欲は、人間である限り捨てることはできないし、
捨てる努力はしなくてもいい。
ただし、欲や我があることを自覚すること。

肉体を持った自己が存在し、理性を持った自分が存在する限り、我はでてくるのです。
自覚された我を、小さな「われ」から、
大きな「われ」へ成長させていくことに
人間的成長のプロセスがあります。
肉体がある限り我も欲もなくならない。

小我から大我へ成長させること。
「自分には、我がある」と認めて、
人間にしかない理性を使って、我をどう活かすか。

人間性の幅を広げる努力をする。
包容力のある人間になる努力をする。
欲も捨てなくてもいい。物欲も捨てなくていい。
欲求・欲望は、命の底から湧いてくるもの。感性が感じるもの。
湧いてきた欲求や欲望を、理性を使ってより人間的なものにする。
欲求・欲望を満たすためだけだと、
人に迷惑をかけたり、人のためにならないこともしてしまう。
人の役に立つように、人に喜んでもらえるものにするために理性を使う。


すべての発展には、物欲を人間的に品格のある洗練されたものにしていこう
という意志があり、
物欲を人間的な物欲にする努力が文化や文明を発展させてきたのです。

お茶を飲むという行為を洗練し、品格のあるものにしたものが、茶道。
商売も、そこに人間的な品格のあるものを加えると、商道と呼ばれる経営になる。

東洋の道の思想は、物欲を洗練し、品格のあるものにしていくものである。

我は、自己の存在証明であり、我を捨てれば人間の成長はなくなる。
物欲を捨てれば、文化や文明の発達はなくなる。
欲や我がなくなれば、人間ではなくなる。

大切なことは、我や欲を捨てるのではなく、
すべてを肯定し、自分には我も欲もあると認める。
我をなくす不自然で、無理な生き方をするのではなく、
人間であることに対して素直になること。

「足るを知る」から、
「より高度な足るを知る」をめざしていく。 

 

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・


芳村 思風

「失敗」なんてない。すべて「経験」。

芳村思風一語一会 vol.5530
☆☆☆☆☆☆
人生は、「決断」と「体験」の積み重ね。
「失敗」なんてない。すべて「経験」。
☆☆☆☆☆☆☆
決断で大事なのは、選らび取らなかったものの
すべての可能性を捨て去ること。

どちらを選ぶか決めることだけでは不十分。
断ち切ること。捨てる勇気を持つこと。
「この道しかない」「この人しかいない」と信じること。

感性と理性、自分の持つ能力・知識・経験をすべて使って選ぶ道を決める。
そして、その「決断に懸ける」。
他の道を断ち切ること。
決断に失敗はない。
最高の道を選んだ、最高の決断をしたと信じ抜くこと。

過去や今を否定しては、未来は語れない。
どんな苦しいことも、辛いことも成長していく
ために必要なことだった。
体験しなければ、真実は語れない。
体験とは、肉体を通して学んだ事実であり、
経験とは、体験から学んだ知恵。

経験の積み重ねが実力を作る。
失敗が実力を作る。

病気や離婚は、しない方がいい。
もしそうなったとしても、それを体験として、
活かすことができる時が必ず来る。
失敗ではない、すべて体験。

体験にマイナスはない。
体験の数だけ幅ができる。
体験の数だけ重みができる。
体験の数だけ厚みができる。

だから人生に失敗の人生はない。
人生は、成長の連続。

決めても、断てないことが多い。
「あぁ~やっぱり間違いだったか」と後悔する。

未来も過去も変えられる。

過去は変えられないと思っているときは、
決めたけど、断ち切れていないとき。

人生は解釈力で決まる。
過去の体験は変えることができないが、
その体験を経験にすることにより、過去は変わっていく。

「あんな事があったから」
「こっちの道を選んだから」と
思っているときは、過去は、嫌な思い出でしかない。

あんな事があったからこそ、今の自分がある

あの時苦しんだからこそ
と思えたとき、過去は失敗でなく、経験になる。

今を懸命に生きることで、過去も未来も変えられる。


やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・


※芳村思風の講演会・勉強会の案内
・9月18日(水)名古屋思風塾
18:00~20:00 感性論哲学伝承館
参加費:2,000円

問合せ
思風庵哲学研究所

真実の愛とは、考え方の違う人と共に生きていく力

芳村思風一語一会 vol.5529
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真実の愛とは、考え方の違う人と共に生きていく力
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「真実の愛とは、価値観や考え方の違う他者と共に生きる力であり、
短所を許し補い、長所と関わる力。」

違いを理由に対立したり、説得するのではなく、
相手の考え方のいいところを見つけ、取り込んでいく。
そして、自分の考え方を成長させていく。

同じ意見や考え方の人としか仕事が出来ない。
同じ価値観の人としか暮らせない。
これは、自分しか愛せない、自分勝手な愛。

意見も価値観も考え方も違う人とどうしたら一緒にやっていけるかを考えるのが愛。

違うからお互い成長できる。
大切なことは、相手に勝つ能力よりも、融合・統合する能力。

融合は、それぞれの力をあわせること。
統合とは、お互いに個性を残しながら、協力・共生すること。
協力し、共に成長し、共に生きていくことに力を発揮できる人が、
本物の愛の実力を持った人。

考え方の違う人から学んで、お互いに成長することが愛。

気の合う人とだけ付き合う、会わない人とは付き合わないというのは、
愛ではない。


価値観の違う人、文化の違う人、考え方の違う人と
どうしたら一緒にやっていけるかを理性を使って考えることから、
真実の愛が生まれる。

これからの社員研修は、「価値観の統一」ではダメ。
社長と同じ考え方の人間を作ることは、社長が楽したいだけ。

社長は、考え方の違う人間、価値観の違う人間のよいところを引き出し、
タイプの違ういろいろな人間をまとめていく包容力が必要となってくる。

 

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・

 

芳村 思風

思風庵哲学研究所

仕事は、人に喜んでもらえるような能力と人間性を作るためにある

芳村思風一語一会 vol.5528
☆☆☆☆☆☆☆
仕事は、人に喜んでもらえるような能力と人間性を作るためにある
☆☆☆☆☆☆☆
人間は、仕事を通して成長していく。
能力と人間性を作るのは、仕事を通して人の役に立ち、
人に喜んでもらうことで作っていくしかない。
本物の人間となるためには、仕事を通して、
社会と人間の実態に触れることにより、
経験・体験を積み重ね成長していくしかない。

人間が本物になるためには、善も悪も体験しなければいけない。

人間とはこんなに恐ろしいものなのか、こんなに醜いのか、
そしてこんなに素晴らしいものなのかと肌で感じる。
そこから人に喜んでもらえるような能力と人間性が磨かれる。

自分だけ良ければいいというのでは、人間性は磨かれないし、
誰も助けてくれない。

どんな素晴しい個性も人の役に立たなければただの「わがまま」

物事には、すべて表と裏がある。
表だけしか知らない、失敗した事のない人には、
失敗した人の気持ちはわからない。
失敗した体験を経験としていかせることができれば、
失敗ではなくなる。

どんな有能な人でも「成功」ばかり続くことはない。
転んだとき、何をつかんで立ち上がるか。

会社のために働くのではない。
働くこと、仕事を通して、
自分を本物の人間に育てるための能力と人間性を作る。

その結果、人格が磨かれ、会社の役に立つ。
お客さまに喜んでいただくためだけではダメ。
一緒に働いている人、上司や部下にも喜んでもらえるような仕事ができなければ意味がない。

仕事も半分は楽しいが、あとの半分は辛いこともある。
楽しんで働ける環境作りや仲間を助けることや
仕事の意味や価値やすばらしさを感じれば耐えていける。

これが人間らしい仕事の仕方の原点。
仕事のつながりだけでなく、心のつながりが、これからの企業の土台になる。

仕事は、人に喜んでもらえるような能力と人間性を作るためにあり、
それを通して心のつながり、
心の通い合う職場を作る、会社を作ることが、大切。

だから「すべての職業は、愛の実践」

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・


思風庵哲学研究所

感性の本質は、感受性ではなく、求感性(求感性)


「考える=理性」と「感じる=感性」は、人間のなかで、対等の価値を持つ全く違った能力。


人間には、60兆個の細胞あり、感性が一つの命として統合している。
感性は、人間が生まれてから死ぬまで一時の休みもなく働き続けている存在。

 

精神と肉体を根源的に統一しているのは感性。
「私」とはなにか? 

私=肉体ではない。
肉体の細胞は、1ヶ月から半年で生まれ変わる。
何年か前の写真に写った自分と今の私の姿(肉体)は違う。
しかし、私であることには変わらない。
肉体=私ではない。
肉体は、私の一部。
「私」の意識を根底から支えているのは感性しかない。
「私」という理屈抜きの意識は、理屈抜きの存在である感性によって支えられている。

感受性とは、外部からの刺激によって反応を誘発される受動的能力。

感性とは、本来受動的でなく、積極的に感じ取る力。


自分が生きて行くために必要な情報を自ら感じ取ろうとするのが感性の働きが
「求感性」(ぐかんせい)である。

 

求感しなければ感受できない。
求めなければ、受け取ることができない。
感性の本質は、求感性。
求感性とは、自分の心を本当に納得させてくれるものを求める力。

感じ方を成長させるとは、感じる力、求感性を成長させること。