元気がでる感性の哲学 芳村思風

芳村思風先生の感性論哲学の言葉の紹介しています

この命、何のために使うか 

芳村思風一語一会 vol.6210
命には限りがある 
限りがいつかは誰にもわからない

当たり前のことであり、 
誰もがわかっていることだけど 
頭では理解していても、実感している人は少ない 
「今、ここを生きる」 
☆☆☆☆☆ 
この命、何のために使うか 
☆☆☆☆☆ 

日めくりカレンダー(壁掛け卓上併用型)


やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・

思風庵哲学研究所

真善美と利

芳村思風一語一会 vol.6209
☆☆☆☆☆☆☆ 
美しく生きる
☆☆☆☆☆☆☆ 
今は「真善美」をもっと意識して、「美しく生きる」ことを
一人ひとりが意識しながら言葉を慎み、行動を慎み、生活を立て直していくとき。

人間関係でも美しさを意識しながら生きるという、
新しい生き方を日本発で世界に伝え、
素晴らしい未来・世界・社会を作っていくことを考えていかねばならない時期が来ている。

古くから、人間は「真善美」の追究が、
人間における根源的、最高の価値とされ、
価値観としては「真善美」と横並びで言われている。
「真と善」は判断基準が理性にあり、
「美」は感性の判断基準。

近代になって、経済学が発達するようになり、
人間的活動は、真善美を追究するだけではなく、
「利」という価値も追求するという考え方が出てきた。

「真善美と利」
「利」とは経済活動。
「真善美」を追究しながら、どのようにして「利」を求めるのか。

近代では、あまりにも「利」だけを追求して不正や隠ぺいが横行し、
利を得たとしても不幸な人が多くいる。

人間の本当の幸せは「真善美+利」の価値を追求するだけでは手に入いらない。
人生は意志と愛のドラマだから、
意志と愛を追求することで幸せになることができる。

何が真で何が善かということを決定するために理性的な判断が必要になり、
美の判断は感性の実感。
命は有機体なので、真の中にも善の中にも、美が関係している。
感性が求める根源的価値が「美」である。

美しさというのは、人間の人生において理屈を超えて、重要な意味を持っている。
経営、政治、経済、家庭、社会、あらゆるところで「美」の追求が必要。
「美」を追究することで「真」も「善」も追求することになるため、
人類が創り出す新しい価値になる。

真善美と「利」は横並び。
利も大事な価値観。

美の中に真・善・利が内包されている。
「利」とは、経済活動のことだが、経済活動にも美が必要。

経済は、人間がつくりだした新しい世界。
近代になって新しい経済世界の中で、
利を追求することの大切さが出てきた。
利己心だけで動いたためにバランスが崩れ、戦争に発展した。
利他心だけでは自己実現ができない。
利己心と利他心のバランスが社会。

宇宙は、相反するプラスのエネルギーとマイナスのエネルギーが、
対立することなく、協力しあいながら成り立っている。

宇宙の中に存在するものは、
表と裏、男と女、善と悪のように、
すべて約半分ずつで出来上がっている。
対存在の原理、これが宇宙の摂理。

バランスが取れているというのは、秩序が保たれているから。
相反する違うものが協力しあって生きているから美しい。
だから、宇宙の摂理がつくりだした私たち人間も美しくなくてはいけない。
美しい心を持つこと。
考え方が違うものが、協力しあって生きていくこと。
対立せずに生きていく力が愛であり、人間の美しさなのです。

「風の思い」より

 

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・

 

思風庵哲学研究所

感じてこそ人生  燃えてこそ人生 

芳村思風一語一会 vol.6208
☆☆☆☆☆☆
感じてこそ人生 
燃えてこそ人生 

意味を感じたら
命は燃える
☆☆☆☆☆☆ 
自分のしていることの意味と価値とすばらしさを感じること 
 
仕事の意味を感じていないときは、 
意味のない仕事をしているということ 
 
仕事の価値を感じていないときは、 
価値のない仕事をしているということ 
 
意味や価値を感じれば心が燃える 
意味や価値を感じたら、人間は行動できる 

 

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・

 

思風庵哲学研究所

人生は意志と愛のドラマ

芳村思風一語一会 vol.6207
☆☆☆☆☆☆☆
人生は意志と愛のドラマ
☆☆☆☆☆☆☆
幸福の原理は、命の目的を実現すること
命は満たされ喜びを感じること。
生命の目的は、生物学的には2つある。
自己保存と種族保存である。

すべての命は、自己保存のために生き、
また種族保存のために生きている。

命には、自己保存の欲求が本能に存在するから、
すべての命には「自己愛」という愛がある。
すべての生物には種族保存の欲求が本能に与えられているから
「種族を残すために生きる」
という生き方をする。

命ができたとき、すべての命は「両性具有」であった。
やがて生命進化のプロセスで命は、
多細胞化することで、自分の命を守ろうとした。

そしてさらにオスとメスに分かれ、協力し
あって命を交わして命を残すという生殖という活動が始まった。

このことによって「自己愛」だけであった命が
「他者を愛する」「他の存在を愛する」という
「愛」の力を獲得した。

異なる遺伝子を結びつけることで、命を進化させるようになった。
すべての命はお互いに生命連関、食物連鎖によって
お互いに助けあって生きていくという
「他者愛」によって生きる存在に成長し進化した。

命は常に他の命を奪うことで生きている。
すべての人間の命には、
「自己愛」という愛と
他者を愛する「他者愛」が存在する。

人の役に立つことを喜びとし、
快感を感じる感性を持っている。

すべての生物は、自分のために生き、
種族を残していくという生きる目的を与えられている
と言えるのである。

これを原理にして理性能力を持った人間という命を考えると、
自己保存の欲求は「意志」となる。
意志を持って生きることは、自己愛を生きる人間的生き方になる。

人間は意志を実現するために生まれてきたのである。
意志を実現するとは、自己を実現すること。
命から湧いてくる欲求や欲望を実現すると、命は喜んで幸福を感じる。

また理性という能力を持つ人間においては、
生命の目的は人間的な現れ方をするため、
種族保存の欲求は「愛」となって現れる。

愛を実現するとは、素晴らしい人間関係をたくさん作ること。
素晴らしい人間関係をつくる愛の実力は、
相手の命を生かし、相手の心を満たし、
相手に愛を与えて幸福を感じさせることで、
自分も幸福になるという力である。

結果的には、自分が幸福になるためには、
まず周りの人を幸福にする努力をし、
その努力によって、自分が成長して自分も幸福になれるのである。
だから人生の目的は「意志と愛」であり、
人生は意志と愛のドラマだと言える


やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・



思風庵哲学研究所

感応同苦・感応同悲・感応同喜

芳村思風一語一会 vol.6206
感応同苦・感応同悲・感応同喜
☆☆☆☆☆☆☆
共感能力が大切だとよく言われる
共感同苦・共感同悲・共感同喜という言葉もある
同じ苦しみを共感すること
共感よりさらに、深いものが「感応」
------------------------
感応は、理屈を超えたもの。
仏教用語に「感応妙」や「感応道交」という言葉もある。

理性は短所や違いを探す。
感性は長所や同じ所を探す。

違いを探すから、対立がおこる。
同じを探して、共感するのは感性。
人間の本質は、こころ。
理屈じゃない心が欲しい。

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・

 

思風庵哲学研究所

信じて、信じて、信じ抜く

芳村思風一語一会 vol.6205
信じて、信じて、信じ抜く
☆☆☆☆☆☆☆
信じることは理性の力でできる。
信じ抜くことは、理屈を越えた感性の力。
どんな状況になっても信じ抜いて生きることは、感性の力だけではできない。
理性と感性の協力関係をつくることが必要。
 
理性で考えると、人間はウソを言うし、
だますし、裏切ることもある。
「人間は信じられないもの」になる。
なぜなら人間は不完全な存在だから。

人間は、不完全な存在であることを理性的に認識し
受け入れることが大切。
このことが、心の底で理解できると、
裏切られても、ウソを言われても、
「それが人間なのだ」と理性的に認識できることができる。

自分も人間です。
つい自分の立場を守るため、ちょっとオーバーに、
事実をちょっと脚色してしまうことがある。
 
誰もがウソを言ったり、裏切ったりしたいのではなく、
不完全であるがゆえに「心ならずも」ウソを言ったり、
裏切ることになってしまうことがある。
それが人間。
人間たるゆえの弱さ。
 
人間が人間を信じるということは、
理屈抜きに何があっても信じ抜くということ。
不完全な存在を信じるということ。
 
理性で考えたら信じられないものを、
それでも信じて、信じて、信じ抜くという覚悟を決める。
裏切られても、嘘をつかれても、
だまされても信じる覚悟を決める。
人間を信じるとは、不安全な存在を信じるということ。
信じ抜く力は、理性ではなく感性の力。
理屈じゃないから、理屈では考えられない奇跡が起きる。

「ほんとうの自分が見えてくる55の問い」より

やさしい笑顔と光がすべての方に届きますように・・・

 

思風庵哲学研究所

狂愚 きょうぐ

「狂愚」と書いてあります。
「きょうぐ」と読みます。
行徳 哲男先生の書です

意味は、他人の評価や批判を気にせず
ひとつのことに突き進む人を意味します。


『自分の人生を生きる人。

感性とは、まぎれもない私のこと。

感性とは、今ここ。

今、ここを生きる

今ここを生きるとは、自分であること。

 

あらゆるものすべてを受け入れ、否定しない。
あるがままを受け入れること。

受け入れた上で、いいところを取り入れて、
自分を進化させる。

理性は、画一化をめざす。
感性は変化に応じる。

思風先生の生き方は、愚直そのもの。
派手さも華やかさもないが、
いぶし銀のような輝きがある。』


行徳先生の芳村思先生評です。

 

 

 

「狂愚」

この言葉は、吉田松陰の言葉。

「諸君、狂いたまえ」

 

松陰は、自らを「狂愚」と呼んだ

「狂愚まことに愛すべし、才良まことに虞るべし。諸君、狂いたまえ。」

「狂は常に進取に鋭く、愚は常に避趨に疎し」

 

「狂」は積極的に何ごとかを進み取ることに鋭く、

「愚」は逃げたりすることに疎い、

ということ。

積極的に行動する、至誠の人ということ。

実践することに重きを置いている。